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のんのんびより:夏海「兄ちゃん!」卓「……」

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以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[saga] 2015/10/12(月) 23:01:22.59 ID:BpHIyHKq0

ひんやりとした分厚そうな車窓は、ここ数十分間壊れたテレビのように、田舎の風景とトンネルの暗闇を繰り返していた。
暗闇に写し出される自分の顔には、退屈と疲労の色がありありと浮かんでいた。

夏海「なーんで、こまちゃんはこんなときに限って熱だすかなぁ…」

思わず姉への文句を一人呟いてしまう。

夏海「まあ、一人ででも行くって言ったのはウチなんだけど…」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1444658482

夏休みの序盤、姉と二人新幹線に乗って、上京している兄を訪ねる予定だったのだ。
からかいがいのある姉がいないと、ここまで暇になってしまうのか。

夏海「はぁ、なんか眠くなってきたし…少し寝よう、かな…」

代わり映えのしない風景に別れを告げ、体を包む睡魔に身を任せる…
夏海「ここが東京駅か…人が多すぎて気持ち悪いなぁ」

旅行用にと持たされたカバンの肩掛けが、左肩にずっしりと食い込む。早いところ兄との待ち合わせ場所に向かい、荷物の重さから解放されたい。

夏海「改札って、どこだよ…?」

荷物を引きずり引きずり歩くこと数分、やっと探していた改札口へと到着した。

卓「………」

夏海「うわっ、兄ちゃんいつの間に後ろに回り込んだんだよ!?」

数か月ぶりの兄は、相変わらず影が薄いのか、存在感を消しているのかは定かではないが、気づいたら背後に立っていた。
夏海「兄ちゃん元気にしてた?ウチがいなくて寂しくない?」

卓「……」

夏海「ちょ、冗談で言ったのに、そう言う反応されると恥ずかしいじゃん!」

夏海「あ、兄ちゃん荷物持ってくれるの?ありがと、重かったんだよね~」

卓「…。」

夏海「強がらなくて良いって、重いんでしょ?」

卓「……」

兄が歩き出す。
どうやら、ここからさらに乗り換えて家まで向かうらしい。

夏海「に、兄ちゃん!この電車ずっと地下走ってるんだけど!もしかして、噂に聞く地下鉄ってやつ?」

卓「……」

夏海「そっかー、これが地下鉄なのか~…なんかつまんないなぁ」

と言いつつも、暗闇に写し出される自分の顔は、何故かとても楽しそうだった。

夏海「ここが兄ちゃんの家?」

卓「……」

夏海「結構年季が入ってるのな…」

どうやらこの薄汚れたアパートは、父の親戚が所有しているものらしい。そのため、兄は格安で入居させてもらっているのだ。
夏海「お、お邪魔しま~す」

兄とは言え、男が一人暮らししている部屋だ、何となく身構えてしまう。

夏海「へえ、思ったよりも広いじゃん!」

何となく、似たような部屋を何かで見た覚えがある。
多分、前に兄と一緒に観たアニメで、主人公の男とヒロインが同棲するアパートの部屋だ。確か、最後の方で娘が死ぬんだっけ…泣いたなぁ。
そのアパートと、年季の入り方と言い、部屋の広さと言い、そっくりに見える。

夏海「それにしても、随分綺麗にしてるんだね」

流石、兄と言うべきか、部屋は掃除が行き届き、整頓されていた。

卓「……」

夏海「あ、お茶いれてくれるんだ、ここに座っておけば良いのね」

昔ながらのちゃぶ台が、何となく気持ちを落ち着かせる。

夏海「兄ちゃ~ん、テレビつけるよ」

無言は了承と受けとる。

夏海「すっげー、こんなにチャンネルあるんだ!うちの倍はあるのかな…」

卓「……」

夏海「あ、コーラだ!兄ちゃんありがと!」

兄と自然に向かい合う形になる。

夏海「兄ちゃん、少し大人っぽくなった?」

卓「……?」

夏海「やっぱり一人暮らしすると、大人になるんかな」

オレンジに染められた部屋には、ニュースキャスターの平淡な声と、蝉の音が響いていた。

夜ご飯は、兄の手作り料理だった。どうやら張り切って作ってくれたらしく、おかずの品数が多い。

夏海「これ、全部兄ちゃんが作ったの?」

卓「……」

夏海「相変わらず家事は完璧なんだね、このハンバーグめっちゃ美味しいよ」

卓「……!」

ここのところ、暑さでバテ気味だったのだが、そんなことが嘘のように食が進む。

夏海「これは、このみちゃんが嫁に欲しいって言うのもわかるよな~」

卓「……」

夏海「え?嫁に入るつもりはないって?うん、流石に本気では言ってないでしょ、兄ちゃん男だし」
食べ終わると、無言で兄が食器を洗い始める。手持ち無沙汰で何となく気まずい。

夏海「ねえ兄ちゃん、洗うの手伝おうか?」

卓「……」

すっと、布巾を差し出される。

夏海「これで水を拭き取れば良いのね、夏海ちゃんに任せなさい!」

流石に、ここで皿を割るようなベタなことはしない。

夏海「ここって、お風呂あるの?」

一日移動してたためか、何となく汗臭い気がする。長風呂派の自分にとっては、風呂の有無は死活問題になりうる。

卓「……」

夏海「わかった、湯船にお湯張ってくれば良いのね!」

家のお風呂と比べると半分ほどの大きさしかないが、湯船はちゃんとあった。やはりそれなりに綺麗にしているようで、一安心。

夏海「この大きさだと、結構すぐに一杯になりそうかな」

蛇口で調節しながら、適温のお湯にする。暑いこの季節は、ぬるめのお湯で長風呂するのが気持ち良い。あと少しの辛抱だ。
部屋に戻ると、兄が梨を剥いていた。

夏海「うおー梨じゃん!てか兄ちゃん剥くの速っ!!」

卓「…。」

夏海「じゃあいただきまーす」

口に一かけら放り込むと、シャクシャクとした果実から、清涼感のある甘さが溢れ出す。粒々とした感触を残しながら、梨が口の中から消えて行く。

夏海「それにしても、ちょっと時期早くない?そうでもないかな…」

卓「……」

夏海「あ~、細かいことは気にするなって?わかったよ」

夏海「そう言えば、ウチの分の布団はあるの?」

卓「……」

夏海「え、兄ちゃん畳でそのまま寝るの?」

卓「……」

夏海「うーん、流石に悪い気がするな~。てか、姉ちゃん来てたらどうするつもりだったの?」

卓「……」

夏海「ああ、ウチと姉ちゃんは同じ敷き布団で寝かせるつもりだったのね」

卓「……」

夏海「じゃあ、兄ちゃんとウチで敷き布団使えば良いだけじゃん」

卓「……」

少し考えるような仕草をすると、兄は静かに頷いた。まさかこの年になってまで、兄と布団を共有することになるとは思わなかったが…

夏海「ウチお風呂入ってくるね!」

卓「……」

夏海「はふぅ…」

ちゃぷん…と湯船に浸かると、自然にため息が漏れた。狭いために脚は伸ばせないが、許容範囲だ。

夏海「はぁぁ~出汁がでるぅ…」

夏海「でもこの窮屈さだと、あんまり長くは浸かれないかな…」
夏海「兄ちゃん上がった~、ドライヤー借りるよ」

お風呂は好きだけど、髪を乾かすのは苦手…と言うよりは、ただ単に面倒くさい。

夏海「あ、そうだ!ねぇ兄ちゃ~ん、ウチの髪の毛乾かして~」

卓「……」

やれやれと言った感じの仕草をしながらも、引き受けてくれる辺りに、昔からの兄を感じる。英語は教えてくれなかったが…

夏海「昔はよくこうやって、髪の毛乾かして貰ってたよね~。いっつも姉ちゃんと、兄ちゃんの取り合いになったっけ」

卓「……」

夏海「布団敷くから、寝てて良いって?うん、じゃあそうしよっかな~」

まだ時計の針は9時前さしている。普段ならあと1時間は起きていられるが、移動疲れだろうか。

卓「……」

夏海「うん、歯磨きしてくるね…」

油断をするとまぶたがくっついてしまいそうだが、どうにか歯を磨き終える。
洗面所から戻ると、兄が布団を敷き終えたところだった。

夏海「おやすみ、兄ちゃん…」

……

夏海「うーん…ふぁぁぁ」

夏海「あれ、ここどこだっけ…あ、そうか、兄ちゃんの家に泊まってるんだった」

横を見ると、既に兄の姿はなかった。その代わりに、台所からコツコツと包丁の音が聞こえてくる。

夏海「兄ちゃーん、おはよう」

卓「……」

夏海「うん、わかった。布団畳んで、机出せば良いのね~」

兄が作った朝御飯は、実にバランスの良いものだった。白ご飯に焼き鮭、お味噌汁におひたし。

夏海「兄ちゃん、毎日ちゃんと朝御飯作ってるの?」

卓「……」

夏海「あ~、やっぱりウチが来てるから特別なんだ」

卓「……」

夏海「兄ちゃんありがと」

もちろんお味噌汁にはプチトマトが入っている。なんとも言えない酸味が口に広がる。焼き鮭は、もちろん皮まで食べる。こんなパリパリしていて、美味しい皮を残すのは、姉くらいなものだろう。
夏海「今日、ウチはひか姉と遊びにいくけど、兄ちゃんは部活だっけ?」

卓「……」

兄は高校で軽音部に入っているらしい。確かに実家でも、エレキギターを弾いていることはあったが、本格的にバンドを組んでいるとは、兄の性格を考えると意外だ。

夏海「兄ちゃん、ライブとかやるの?」

卓「……」

夏海「まだわからないか~、まあそうだよね」

卓「……」

夏海「え?文化祭で演奏するかもしれないの?」

卓「……」

夏海「めっちゃ見てみたいんだけど…兄ちゃんが人前で…へ、へ、ヘッドロックしてるところ」

卓「…?」

夏海「ヘッドロックではないよな…うん。プロレスではないもんね」

……
ひかげ「よう夏海!久々じゃん」

夏海「おーひか姉…えーと、そちらのお姉さんは?」

ひかげ「ああ、こいつは私の友達の春風だ」

春風「はじめまして、ひかげちゃんとルームシェアしてます、春風です」

夏海「はじめまして、夏海です!」

春風「よろしくね~」

夏海「よろしくお願いしまーす!」

ひかげ「じゃ、行こうか」

夏海「今日はどこに連れていってくれるの?」

ひかげ「そうだな、とりあえず服でも見に行くか?東京の服屋はすごいぞ~」

夏海「服か~、母ちゃんからお小遣い貰ってるから多少はかえるかな…?」

春風「よーし、私が夏海ちゃんの洋服選んじゃおうかな!」

ひかげ「ふっふっふっ、それじゃあ…渋谷に行っちゃおうかな」

夏海「渋谷…?どこそれ」

電車に揺られること十数分。大勢の乗客と共に吐き出された駅は、やはり忙しなく様々な人が動き続けていた。

夏海「うわ~、やっぱりすごい人だな…」

ひかげ「だろ~、でも、スクランブル交差点はもっとヤバイぞ?」

夏海「卵料理でも食べるの?」

ひかげ「そうそう、あの半熟具合がたまらないよな~…って乗っちまったじゃねーか!交差点だよ!」

春風「ふふっ、仲良しなんだね」

ひかげ「もう!行くぞ!」

少し照れたようにそっぽを向きながら、ひかげが歩き出す。置いて行かれてはたまらない、こちらもすぐに追いかける。
夏海「待ってよ、はぐれたら大変だし、ひか姉手貸して!」

ひか姉「え~、暑いから嫌なんだけど…」

渋々と言った感じで、ひかげが手を差し出す。

夏海「にひひ~、手あせ攻撃~!」

ひかげ「ってやめろよ!」

夏海「冗談、冗談!そんなにべたべたじゃないっしょ?」

ひかげ「む、確かに…」

春風「じゃあ私はこっちの手を握っちゃおうかな~」

ひかげ「両手を塞がれただと!?」

ひかげに半ば引っ張られながら、最初の目的地らしきお店に到着する。

夏海「う、うぇごーぉ?」

ひかげ「WEGOな」

春風「まあ、安めだしここで良いかなって」

夏海「うん、ウチは何でも大丈夫だよ」

ひかげ「じゃ、適当に見ようぜ~」

春風「夏海ちゃん、こっちこっち~」

夏海「はーい」
今まで、洋服を自分で選んだことはほとんどない。色々な人からのお下がりだったり、母親が適当に選んだものを着てのだ。

春風「うーん、やっぱり夏海ちゃんはショーパンとかの方が好きなのかな?」

夏海「いやー、動きやすれば何でも大丈夫っすよ」

正直な話、自分の好みもよくわからない。完全に人任せだ。
ただ、前に着させられたような、フリフリな感じは勘弁して欲しい。

春風「夏海ちゃん!こんな感じどう?試着してみて~」

夏海「らじゃーっす」

言われるがままに試着室に入る。試着室に入ったのも初めかもしれない。

夏海「へえ、大きい鏡だな~」

春風「夏海ちゃん、前で待ってるから着れたら教えてね!」

夏海「はーい」

夏海「うん、こんなもんか~」

春風「着れた~?」

夏海「着れました!」

春風「うん、合ってる合ってる。良い感じじゃない?」

夏海「そうっすか?」

ひかげ「おおー、東京っぽいじゃん」

夏海「これって東京っぽいのか…?」

春風「どうする?買う?」

夏海「買えない値段ではないし、買っちゃおうかな~」

春風「気に入ってもらえて良かったよ~」

会計を済ましてお店を出ると、既にお昼過ぎの時間になっていた。

ひかげ「昼ご飯どうする?」

春風「夏海ちゃんなに食べたい~?」

夏海「うーん…何があるんすか?」

春風「何でもあるよ?」

ひかげ「適当に歩きながら決めるか~」

春風「そうだね、良さそうなところに入ろっか」

そうして、人混みの町を歩き始める。

夏海「ねえ、ひか姉…」

ひかげ「ん、なんだ?」

夏海「東京ってめちゃくちゃ暑くない?」

ひかげ「あー、そうだなぁ…地元よりは全然暑いかも」

春風「アスファルトで熱が反射してるんだよね~」

夏海「うへぇ…」

ひかげ「お、このお店良さそうじゃん、入らない?」

夏海「夏海ちゃんは、涼めれば何でもいいで~す…」

春風「パスタのお店だね、美味しそう」

店員「3名様ですね、こちらへどうぞ」

ひかげ「どーもどーも」

ランチの時間はとうに過ぎているが、店内は比較的混んでいた。

夏海「ふぃ~、なに食べよっかな」

ひかげ「私は明太子スパゲッティだな!一目見てこれに決めたんだ!」

春風「私はこの冷製パスタって言うのにしようかな」

夏海「ウチもそれで!」

ひかげ「ピンポーンっと」

春風「ふふふっ相変わらず口に出すのが癖なのね」

パスタを食べ終わって、食後のコーヒーを飲んでいると、春風が口を開いた。

春風「ねえ夏海ちゃん、地元でのひかげちゃんのお話とか聞かせて?」

ひかげ「そんなに喋ることないだろ~」

夏海「そうっすね~…」

夏海「そうだ、ひか姉と一緒に亀の甲羅干しの物真似したことありますよ!」

ひかげ「ちょっおま…」

春風「甲羅干し?」

夏海「いや~訳があってですね…」
ひかげの話から始まったトークは、しばらくの間続いた。
気がつくとあっという間に2時間ほどがたっていた。

夏海「そろそろ帰らないとかな~」

ひかげ「お、そうか、じゃあ途中まで送っていくな~」

夏海「うん、ありがと」

先程よりも少しだけ過ごしやすくなったような道を、3人で戻る。

夏海「人の多さは変わらないんだねぇ」

ひかげ「まあ深夜にでもならないとな」

春風「夏海ちゃん、また今度遊ぼうね」

夏海「はい、遊びたいっす」

ひかげ「春風も今度うちに泊まりに来ればいいんじゃない?何もないけど」

夏海「それいいね!今度是非来てくださいよ」

春風「うん、行きたいな!」

ひかげ「じゃあ、私らはここら辺で、また明日な」

夏海「うん、東京駅の○○改札で良いんだよね」

ひかげ「そうだな」

春風「ばいばーい!」

二人に手を降りながら改札を通る。さて、帰り道は覚えているだろうか。
夏海「ふぃー、どうにか帰ってこれた…」

何回か電車を間違えそうになりながらも、どうにか最寄り駅までたどり着き、兄のアパートまで戻ってくることができた。

夏海「兄ちゃん、ただいま~…ん?」

部屋に入ると、兄のではない小さめの革靴が視界に入った。

女「卓の妹さんよね?初めまして!」

夏海「あ、どうも」

卓「……」

兄の知り合いだろうか、兄の通っている高校のエンブレムが制服に見える辺り、恐らく同級生…または先輩なのだろう。

女「ごめんね、お邪魔しちゃってて。えーと、夏海ちゃんだっけ?卓の妹さんだけあって、可愛いじゃない!ふふふ」

卓「……」

夏海「えと、兄ちゃんがお世話になってます」

女「あはは!ご丁寧にど~も。あ、自己紹介がまだだったわね…」

女「私は…ふふっ、卓の彼女をやってます、若瀬いずみって言います、いずみって呼んでね」

卓「……!?!?」

夏海「ふぇ!?」
気づいたら回れ右をして、外に出てしまっていた。心拍数が上がり、頭が暑くなるのを感じる。

夏海「に、兄ちゃんに…かの、じょ…?」

なんで自分はここまで動揺しているのだろう。考えてみれば、兄は格好良い方だ。彼女の一人や二人当然ではないか…

夏海「はぁーふぅー」

深呼吸をして、笑顔でまた部屋に入る。

夏海「えっと、兄ちゃんの妹の夏海です!これからも兄ちゃんをよろしくお願いします!」

うん、これで良い。それにしても、随分と美人な彼女をつくったものだ。蛍に匹敵するほどの輝きがあるように感じる。

卓「……」

いずみ「うん、まかせて!あと、今日は晩御飯もごちそうになるから、夏海ちゃんよろしくね」

夏海「はい!」

いずみ「と言っても、今日は私が作るんだけどね~」

夏海「何か手伝いますか?」

いずみ「ううん、もうほとんど出来上がってるから大丈夫よ」

炊飯器「ピローン」

卓「……」

いずみ「じゃあよそっしちゃいましょ」
いずみが作ったものは、カレーだった。色々な種類の夏野菜がゴロゴロと入っていて、見ているだけで食欲をそそる。

いずみ「召し上がれ~」

夏海「いただきます」

卓「……」

先ずはルーだけ口へ運ぶ。口に広がるのは、トマトの酸味。その後で、舌を辛さの刺激が駆け抜ける。ただ酸っぱくて辛いだけではない、色々な野菜のエキスと、スパイス、豚肉の旨味がうまく絡み合い、カレーとは思えないほどの深い味を出している。

夏海「美味しい…」

いずみ「それは良かった♪辛さは大丈夫?」

夏海「はい、ちょうどいいです!」

料理もできるなんて、完敗だ…別に勝負をしているわけではないが。
特に言葉もなく、黙々と皆食べ続ける。普段はそこまで食べない卓も、今日は3回ほどおかわりをしていた。

夏海「ごちそうさまでした」

卓「……」

いずみ「うん、いっぱい食べてくれて嬉しいわ」

卓「……」

いずみ「そうね、そろそろ帰ろうかしら」

夏海「あ、えーと…」

いずみ「あ、そうだ夏海ちゃん」

夏海「なんですか?」

いずみ「冗談だからね?」

夏海「何がですか?」

いずみ「私が、卓の彼女だって言うこと・」

夏海「……へ?」

思わず兄の方を振り返ると、兄は無言でうんうんと頷いていた。

夏海「なんで嘘つくんですかぁ~…」

何故かはわからないが、安心で体の力が抜ける。

いずみ「なんか面白いじゃない?」

夏海「面白くないっすよ…」

本当に面白くない。そもそも兄も口裏を合わせていたのだろうか。そうだとしたら、眼鏡を取り上げなければならないだろう。

いずみ「じゃ、卓と夏海ちゃん、ばいばーい!」

いずみは元気よく玄関を飛び出していってしまった。なんと言うか、色々と勢いのある人物だ。

夏海「ねえ兄ちゃん…」

卓「…?」

夏海「ウチがなんで怒ってるかわかるよね?」

卓「……」

夏海「なーんで嘘ついたのかなぁ?」

卓「……!」

スッと眼鏡を取り上げて、自分の頭の上にのせる。ちなみに兄は、相当視力が悪いらしい。
これで身動きが取れないであろう。

夏海「許して欲しかったら、今日一日歩いて疲れた、ウチの脚をマッサージするんだね!」

そう言って、畳の上にうつ伏せで寝る。

夏海「はーやーくー」

卓「……」

兄は諦めたように跪くと、脚のマッサージを始めた。兄にマッサージされたのは初めてだが、母親がしてもらっているのを見たことがある。
夏海「んっくぅ…兄ちゃん上手いねぇ…」

本当に万能な兄だ、自分の脚が解れていくのを感じる。

夏海「いいよぉ、そこ気持ち良い…んふぅ…」

数分に渡って、マッサージは続いた。終わる頃には、脚に心地良い余韻が残っていた。

夏海「あ、約束だし眼鏡返すね、ほい」

卓「……」

夏海「ってなんで頭撫でるの!?」

卓「……」

夏海「嘘ついてごめんって…うん、もう良いよ」

卓「……」

夏海「うーん、いや別に背中までは流して貰わなくていいかな」

卓「……」

夏海「いや、別に兄ちゃんが嫌なんじゃなくて、ここのお風呂狭いからさ?兄ちゃんが家に帰ってきたとき、ウチの背中よろしくね!」

卓「……」

あれ、何故か恥ずかしい約束をしてしまった気はするが、キリっとした顔で親指を立てる兄を見たら、馬鹿馬鹿しくなってどうでもよくなった。

シャワーを浴び、今日は自分で髪を乾かす。ブラッシングは適当。

夏海「兄ちゃん、明日は東京駅まで送ってくれるんだよね」

卓「……」

夏海「ひか姉とは東京駅で待ち合わせだから」

卓「……」

夏海「そうだね、明日は朝早いしもう寝よっか」

卓「……」

夏海「兄ちゃんおやすみ…」

兄の肩に寄り添うようにして目を瞑る。今日くらいは甘えてもバチは当たるまい…

夏海「う~ん…今何時…?」

枕元の電子時計を見る
[4:53]

夏海「確か5時に起きるはずだったから、ちょうど良い時間だなぁ…ふぁぁぁ」

大きく伸びをして、隣を見る。
すぅすぅと小さい寝息をたて、ぐっすりと兄が眠っていた。

夏海「兄ちゃん睫毛長いなぁ…コンタクトにでもすれば良いのに」

しばらく寝ている兄を眺めていると、不意に兄の目が開いた。

卓「……」

夏海「おはよ!兄ちゃん」

朝御飯は、昨日買っておいたパンで簡単に済ませる。
特に会話もなく、どこからともなく聞こえる、蝉の音だけが響く。

靴を履き、本当に短い間だけ過ごした部屋に別れを告げる。
太陽は既にアスファルトの海を焦がし始めていた。

夏海「ねえ兄ちゃん、お盆には帰ってくるんだよね?」

卓「……」

夏海「兄ちゃんのギター、聴きたいな」

卓「……」

夏海「みんなも呼んじゃおうかな~」

卓「……」

夏海「お、結構な自信ですねぇ。楽しみにしてるからね!」

ひかげ「あ、おーい!こっちこっち~!」

夏海「ひか姉おはよ~、もしかして待った?」

ひかげ「いや、そうでもないかな。てか、お前久しぶりだなぁ、東京にいるのに全く会わなかったね」

卓「……」

夏海「じゃあそろそろ行こっか」

卓「……」

夏海「ここまでで良いよ兄ちゃん、どうせすぐ会えるんだから」

卓「……」

夏海「うん、気を付けて帰るから大丈夫!荷物ありがとね」

卓「…」

夏海「兄ちゃんばいばーい!」

手を降りながら改札を抜ける。
改札の向こうで立ちすくむ兄は、心なしか…

夏海「兄ちゃん!」

卓「……」

夏海「背中、忘れてないからね!」

卓「……!」

グッと親指を立てた兄にとびきりの笑顔を向け、キョトンとするひかげの腕を引っ張る。

夏海「早くしないと、新幹線来ちゃうよー!」

終わり
おまけ

ひかげ「ねえ夏海」

夏海「なに~」

ひかげ「さっきさぁ、背中がなんとかとか言ってたじゃん?あれなんのことなの?」

夏海「う~ん、そうだねぇ」

ひかげ「なんだよ」

夏海「ひ・み・つ」

ひかげ「はぁぁ!?教えろよ~」

夏海「あはは、絶対教えな~い。ウチと兄ちゃんだけのひみつだも~ん!」

ひかげ「んにゃろ~」

今回はここまで!

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